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お知らせ

この度、思うところあってブログを休止することにしました。
福山ショックではありません、念のため(笑)。

訪問してくださった皆様、ありがとうございました。
拙いブログでしたが、皆さんの訪問が励みになり続けられました。

皆様のブログには、訪問させていただきますのでよろしくお願い致します。

またいつか突然再開するかもしれません。
その時にご縁がありましたら、どうぞよろしく。

どうもありがとうございました。
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古賀茂明氏 講演会

昨日は、静岡市で行われた古賀茂明さんの講演会へ。

同じく静岡市内で同窓会があった。
もう、卒業して25年経ってしまったなんて信じられない〜〜
みんな変わってなくて、笑えてしまった。
とにかく楽しくて、話は絶えない

そんな楽しく幸せな時間を過ごした後に、これからの日本がどうなるのか?と言う話題は、気分的にもシビアだなと思ったけれど、どうしても古賀さんの話を聞きたかったので、この講演会を新聞で知って、すぐに申し込んだ。

IMG_0243_convert_20150705133055.jpg

古賀さんは、 報道ステーションのコメンテーターとしてテレビ出演されていた。
最初は「元経産相の官僚」と言うことで、どちらかというといいイメージはなかったけど、コメントの内容が鋭いし、本当は国民が知らなくてはいけないことを的確な言葉で語ってくれる人だと思うようになった。

今年の3月末の報道ステーションの生放送も観ていて、古賀さんが『I am not ABE』を掲げて降板についていろいろなやりとりが放送された時に、一体今国民何%の人が、この重大さをわかっているのかなと思った。


私もあまりわかっていない方だけど「ああ、もう今の政権に都合の悪いことを言う人は、どんどん切られていくし、マスコミも政権寄りの報道しかしないことが証明されたんだ。」と感じた。

「私たちが経験したことがないような恐ろしい時代が来るかもしれない」気持ちの悪い怒りも湧いてきた。
 
実際のところ、テレビや新聞も言論統制されてきているので、ほとんど報道の内容は信じていないのだけど、いまの日本について古賀さんの考えを一度しっかり聴きたいと思って参加した。

会場の講堂は、満員。
チケットは早い段階で完売し、さらに席を増やしたけどそれも完売。
なんとかキャンセル待ちでも、と言う方もいたらしい。

それだけ「いまアベを止めなければそうとうアブナイことになる」という危機感を持った方が多いということだと思った。

国民の大半が「嫌だ」「おかしい」と思っていることであっても、そのことで得をする一部の人たちのためにそれが押し通されてしまう現実。
それならどんな抵抗をしても無駄じゃないか?と思うかもしれない。

マハトマ・ガンジーの言葉
「あなたがすることのほとんどは無意味であるが それでもしなくてはならない。
そうしたことをするのは世界を変えるためではなく 世界によって自分が変えられないようにするためである」


古賀さんは報道ステーションで最後に提示したフリップにも この名言が書かれていた。

無知でいるように飼いならされた国民、、、、、、、
ここから脱却しなきゃ 冗談抜き「マジでヤバイ」


古賀茂明氏 フォーラム4



安らかに逝く

今日は いたって真面目な話。

看護師に復帰して7ヶ月が過ぎました。

以前は総合病院、今度は特別養護老人ホーム、いわゆる特養というやつです。
一言で言えば、「最後を迎える」ところ。良くなって退院する、というところではありません。

仕事の内容も、病院とはだいぶ違います。注射・点滴・採血はほとんどなし。
血を見る処置が好きな(?)外科系の私にしては、そういう点ではチト寂しい、、、なんて不謹慎なことをいってはいけませんね。

ここに来て、7ヶ月間で軽く10人以上の方が亡くなられました。
もちろん具合が悪くなって近くの病院に搬送され、そこで最後を迎えられた方もいるのですが、数人の方はホームで亡くなりました。

そもそも入所されている方は大体が80歳前後から100歳超まで。
いつ急変しても不思議はないのですが、亡くなられた方を見ていると、だんだんに食事の量が減ってきて、昼間でもうとうと寝ていることが多くなる、スプーンで食事や水分を口に入れても飲み込めなくなる。この辺で家族と医師が面談し、食事をとれないなら経管栄養にするか、点滴するか、自然にまかせるか、また病院へ搬送するか云々、家族の意向を確認します。

「自然にまかせる」選択をされた場合、水も食事も取れなくなると当然 尿量も減ってくるわけで、呼吸もだんだんに弱く浅くなっていきます。中にはアゴで呼吸するように見える方もいます。
こちらが呼べばなんとか瞼を開けようとするぐらいで、それもなくなるといよいよ最後の時を迎えます。

恥ずかしながらここへ来るまで、「自然な死」=「老衰死」というものを見たことがありませんでした。
病院での「最後」は、例外なくなんらかの点滴、心電図モニター、人工呼吸器などが付いていましたし、血圧や心拍が下がってくれば医師の指示で昇圧剤を増やしたり、強心剤を入れたりすることもありました。家族が到着するまでは心臓マッサージをするのが「お約束」でした。

もちろん、ホームに入所している超高齢者と、治療のために入院している患者とは一緒に比べてはいけないのはわかっています。

特養でも、中にはできる限りのことをして欲しいと希望される家族もいるので、そういう場合は点滴したり、鼻から管を入れたりすることもあるのですが、実際に本人がそれを望んでいるかどうかはわかりません(おそらく望んでいないと思いますが、認知症などで意志表示ができない方が多いのでわかりません)。

点滴にしろ経管栄養にしろ、本人には苦痛が伴います。
意志表示できない方でも「嫌だ」「痛い」ということは訴えられるので、涙を浮かべて抵抗されることも多いです。
そういう時は「自然に逝かせてあげたい」と思うのですが、仕方がありません。
「やれるだけのことはやった」と思いたいが為の家族の自己満足のような気もしますが、それは言えません。

点滴やチューブが本人に取っても大きな苦痛を伴う処置であることを説明するのが、こちらとしては精一杯のところです。




10年前20年前と思うと、少しずつ「最後の迎え方」は変わってきていると思います。
その類の本もたくさん出ているし。

「どんなふうに最後を迎えたい?」と問われたら、おそらく10人中9人以上は
「苦しまずに逝きたい」のではないかと思うのです。


何もしない最後というのは、本当に静かです。穏やかです。
文字通り「眠るような」最後です。
わたしは無宗教ですが、こういう最後に立ち会うようになってから
「ああ、今この瞬間あの世へ旅立たれたのだなぁ。」と実感するようになりました。

家族も心の準備ができているので、静かに寄り添いながら手を握ったり、頭を撫でたり、声をかけながら看取ります。

私もこんなふうに逝きたいなぁ
おっとその前に 自分の両親もこうやって看取りたいなぁ。

PPKでもいいけどね。
(ピンピンコロリ)




新年明けましておめでとうございます

三日坊主の私が思いつきで始めたブログも一年半続いています。

思いついた時にしか更新しないので「続いた」などとエラそーなことは言えないのですが・・(笑)

今年も内容ごった煮の闇鍋のようなブログになると思いますが、時々つついて味見してってくだされば嬉しいです。
どうぞ宜しくお願いします。
皆様にとりましても良い一年になりますように(祈)。

平成27年 1月1日    ゴーヤーサンド

マナー

昨日、娘の吹奏楽コンクールの地区大会にいってきました。

去年は、いわゆる「ダメ金」というやつで 金賞をとりながらも東海大会へは進めず泣いて帰ってきたことを思い出します。

結果、まずは県大会への出場は決まり,今日も朝から練習に行きました。
おかげで、夏休みの課題は、ほとんど進んでいないようですが、、、。



昨晩、帰ってきてまず第一声。
「K高の生徒が、表彰式の前になかなか席に着かなくて、おまけにすっごくうるさくてさぁ。あまりのうるささに先輩も注意したんだけど!式が終わってからも、ずーっとずーーっと、キャーキャー騒いでてさ、演奏はともかく、あんな高校に負けたかと思うとすっごい悔しい!!!! 一番それが悔しい!」

K高も同じ金賞で県大会に進むのだけど 金賞の中でも順位が上だったのだそう。


「あー、そうねぇ、そういう子たちっているよね。」


実は、私の席の右隣に座った女子高校生(演奏を終えた子)が、私の左側席4人むこうの子と大きな声で話をするわけです。つまり、会話している2人の女子高生の間には全くの一般人が4人いて、それをとびこえて話をしているんです。

もちろん他校の演奏中は静かに聴いているんだけど、演奏が終わったと同時に大きな声で話し始める。
それも「宿題代わりにやって」とか、「マジ、もう身が持たん、早く結果知りたーい」とか「今晩、うち帰りたくないから、そっちの家に泊めて」だの、、、。

いえ、もちろん今は演奏中じゃないですよ。
でもね、大きな声で話していいっていう状況でもないと思うのよ。
彼女の中では大声という認識はないと思うのですが、なんせホールですので突き抜けるような、若い声がよく通るのです。
あなた方は演奏が終わって緊張が解けてるかもしれないけど。
授業の休み時間じゃないんだから。公の場ね、ここは。

声が大きいので話の内容も周囲まで判るし、次の高校の演奏が始まる5分間ずっとそんな調子だったので、だんだんこちらもイライラしてきて。注意しようか、それでも演奏中じゃないから黙ってやり過ごすべきか、そんなことを考えながらで、私も演奏を集中して聴けなくなってきたのです。

Momoの学校の演奏までには、精神を穏やかにさせなければ。
それにこの罪の意識のない女子高生に何とか「教育的観点から」注意しなくては、と思い 何度目かの曲間に声をかけましたよ、このおばさんは!

演奏終了と同時に例のごとく大声で始まったので、努めて冷静、優しく(のつもり)
「近くで話せるように、席 かわりましょうか?」

「あー、うるさかったですか?」

「もう少し声を抑えていただいた方がいいと思いますよ。」

「あー、すみません。」

その後彼女は下を向き、うつむいていたので
「言い方、悪かったのかな?フォローした方がいいかな?」
と思いましたが、次に彼女はスマホを取り出してLINEを始めたんです!

きっと、
「隣の席のオバサンに、うるさいっていわれた。マジ ウザい」ぐらいのことを打ってるんでしょうか?

「あのー、携帯の操作もダメなのよ」とは、さすがに言えませんでした。

 
                                             
この前、映画を観に行った時も、静かなシーンで、レジ袋をガシャガシャさせる音(それも結構長い時間)を立てる人がいました。
その前、ヤマハの定演に行った時にはやはり演奏中(!)に、斜め前方のおばさまが、レジ袋を取り出してガサガサさせたかと思ったら、今度はそれをひろげて自分の腕に巻き付け、一生懸命しわを伸ばし始めたのです!!!

え?え?え===?

空調が効いてて、寒かったんでしょうか? 
レジ袋は防寒具代わり?

私も主人も周りのお客さんも、その音もさることながらそのおばさまの行動に目がテン。

内心「誰か、やめさせて〜」と思いましたが誰も注意しません。

こういう時に注意するって、勇気がいるんですよね。
こっちが悪いことしてるわけじゃないんだけど、むこうも悪いことしてる意識はおそらく無いわけで。

でも、こちらもお金を払って いい音楽、見たい映画を楽しみにいってるのです。

だから、自分が今ここでこういう行動をとったら他の人が不快に思わないかどうかの「想像力」を働かせてほしいと思うのです。

もちろんそういう想像力を持ち合わせている方がほとんどで、持っていない方は多分少数だと思うのですが、だから目立つんですよね。

果たして自分を含めて、各々持ち合わせている想像力が、世間一般に対して適正かどうかという問題もあるのですけど、、、、、。それ言い出すと、もう収拾がつかなくなりますよね、きっと。


でも、娘が冒頭にいった言葉をきいて、親としては「そういう感覚を持てるように育ってて良かった」と思いました。
若いからといって、女子高生だからといって「TPOまるで無視」という行動はNGです。

私も若い頃には人生の先輩方からみたら非常識なこともしていたかもしれません。

あんまりうるさいことはいいたくないのですが、親が考えるところの、最低限のマナーぐらいは自分の子にきちんと教えて行きたいと思っています。

そのまま30代40代と過ぎて、非常識な次の世代を作られても困るので。


プロフィール

ゴーヤーサンド

Author:ゴーヤーサンド
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沖縄の青い空と澄んだ海が大好き。読書したり、料理したり、仕事と家事の合間の自分の時間がとても好き。
日々のいろいろを 不定期に”ちょこっと”書いています。

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